「みたことのない朝」
クラス対抗選抜リレーで負けた。
僕のせいで負けた。
貴広から一番でまわってきたバトンを受けとった僕は、コーナーの最後で転んだ。後ろから追い上げてくる足音を聞いて、焦って転んだ。他のランナーにも抜けれて、僕のクラスはビリになった。
総合得点でトップだった僕のクラスは、最後のクラス対抗選抜リレーの得点がひびいて、優勝を逃した。
閉会式でクラスのみんなは痛々しく僕を見ていたと思う。そんな視線を感じて、誰とも目を合わせられなかった。そして教室にもどってすぐに、大きな貴広の体が立ちふさがった。
「なんで転ぶんだよ、バカ!」
僕はなにも言えずに下を向いた。貴広はすぐに行ってしまい、怒鳴り声の残りもなくなって、教室はしんとした。誰かが「しかたないよ」というまでそれは続いて、「そうだよ、準優勝だもん。すごいよ」と声がして、いつものざわついた教室にもどった。
今度の運動会は、クラスみんなで優勝しようと誓っていた。五年三組は、とにかく仲もよくまとまっているクラスで、「絶対に優勝するぞ!」と盛り上がって、やってきた運動会だった。でもそんな中でただ一人、僕だけが不安だった。大して足が速いわけでもないのに、選抜リレーに選ばれてしまったからだ。
貴広の次に足の速い大樹が足を怪我して、次に選ばれた悠太も運動会の三日前に捻挫してしまった。次に候補にあがった三人の中から、一番遅い僕が選ばれてしまったのだ。最近計った五十メートルのタイムが、たまたま速かったからだった。
僕が選抜リレーの選手に選ばれた日の夜、お父さんは大喜びした。なんてったって二ヶ月も前から、お父さんと僕は運動会に向けて、毎あさ走ってきたのだから。
その日の夕飯は、美味しそうな唐揚げだった。
「よくがんばったね、裕明」
お母さんは席について、味噌汁を配りながら僕に声をかける。
「でもあそこで転んじゃうなんてねー」
そういって、お母さんは自分の出っぱったお腹みたいに、遠慮なく笑った。まったく、お母さんはいつもこうだ。僕がかっこ悪いと、いつも楽しそうに笑うんだ。僕は「いただきます」もいわないで、唐揚げをかじった。
僕は、お父さんが何ていうのか身構えた。だってさっきから、おばあちゃんのしょっぱい梅干を十個くらい口に入れちゃったみたいな顔して、お父さんは前をにらんでいる。
お母さんがそれに気づいて、すぐにつっこんだ。
「あらら、お父さん、顔こわいよ」
「あ、ああ」
悪いことしてるのを見つかったみたいに慌てて、お父さんはお茶碗に手をのばした。そして普段通りの声のふりしていった。
「裕明は、よくがんばったよ。毎あさ走った成果がでてたな。ほんと、あそこで転ばなければな、きっとあのまま……」
「抜かれてたよ。すぐ後ろまで追いつかれてたんだから」
「いやいや、あのまま逃げ切れたぞ」
僕は、そっぽを向いて黙った。いつだって言いくるめようとするんだから。でもお父さんは僕が黙っていることで、自分の言葉を僕が納得していると思っているんだろうな。
「来年は六年生、小学校最後の運動会に向けて、また明日から頑張って走ろう。そうすれば学年で一番早くなってるよ、きっと」
僕は運動が得意じゃないし、だからって勉強が出来るわけでもない。そんな僕じゃ、お父さんはイヤなんだ。
ご飯を残して、「ごちそうさま」といいながら席を立った。「食べたものくらい片付けなさい」といわれないために、食器を持っていくのを忘れなかった。