「みたことのない朝」④

 ある日曜日、お母さんが呼びにきて、初めて僕の絵に気づいた。

「裕明、ちょっと来てくれる。あれっ」

 パートで忙しいから、最近お母さんは僕の部屋の中も見てなかったのかな。お母さんは「すごいねー」っていってた。

 夕飯を食べるときのように、お父さんとお母さんは席についている。お父さんが真剣な顔して、僕を見すえた。とうとう、空手教室よりも、もっときびしいところへ行かされるんだ。

「ずっと考えてたんだが、お父さんが行くことにした。一人でな」

 えっ? 僕は意味が分からなくて、お父さんを見た。

「ここから新幹線で何時間もかかるところへ、転勤になったんだよ。会社の連絡があってからずっと、お母さんと話し合っていたんだけど、お父さん一人で行く。単身赴任ってやつさ」

「裕明は学校でたくさんの友達がいるし、私はおじいちゃんの病院やなんかがあるでしょ。お父さんには悪いけど、ね。離れて暮らさなきゃならなくなるけど、たまには帰ってこれるよね」

 お父さんは笑顔でうなずいた。

 それから二人は僕が生まれる前のことや、生まれてからの沢山のことを話していた。僕はお父さんが単身赴任するという、突然の、変えることの出来ない事実が、いったいどんなことなのか分からずにいた。いい事じゃなくて、嫌なことが起こったんだっていうことくらいしか分からない。なのに二人は紅茶を飲みながら、忘れてしまっていた出来事を思いだしては、なつかしそうに笑った。

 学校では、卒業式が終わったら、みんなで笹岡先生の家に行こうという話しで盛り上がっていた。自転車に乗って、みんなでサプライズのプレゼントを渡そうという計画だ。毎日まいにち話しているうちに、楽しそうな考えがどんどん付け足されていった。

 学校から帰ったある日、お母さんがどたばたと歩いてきた。

「いまお米屋さんに行ってきたんだけど、裕明の大きな絵のこと話したのよ。そしたら店にはりたいって。絵をお米屋さんにあげてよければ、裕明があとで持っていってあげて」

 絵をあげるのなんて僕はいいけど、本当にお店にはって、お客さんに笑われたりしないかなと思った。すこし恥ずかしい気もする。

 でも嫌なこともないから、僕は次の日に絵を持っていった。

 小さな川をわたった先にある商店街の、写真屋さんのとなりが、お米屋さんだった。どきどきして店をのぞくと、誰もいない。

「……こんにちは」

 小さな声しかでなかったけど、お店のおくから返事がした。坊主頭みたいな短髪のエプロンしたおじさんが出てきて「いらっしゃい」といったあと僕を見た。そして「おつかいかい?」と聞いてきた。

「あの、お母さんにいわれて、絵をもってきました」

「ああ、佐々木さん家の子か。裕明くんだな」

 僕はうなずいて、絵をさしだした。

「ありがとう。どれどれ」といって、米屋のおじさんは紙を広げた。「おお、すごいな。これ、貸してもらっていいのかい?」

 僕がもう一度うなずくと、おじさんはさっそく正面の広い壁に、絵をはりつけていく。端とはしを、きれいにぴんと伸ばしてはっていった。

 本物のお店の広い壁にはられた僕の絵は、自分が描いた絵じゃないみたいに、輝いた。

「やったね、大成功だ。いいなーこの絵。ありがとう、裕明くん。さみしかった店が、華やいで楽しそうになったよ」

 おじさんは店のおくに声をかけて、奥さんを呼んだ。手をふきながら出てきた奥さんは、おじさんの指さす絵を見て、ぱっと明るい顔になった。そして喜びの声を上げた。

「なんて、やさしい絵だろう。ありがとう。これ、もってってね」

 奥さんは袋に入ったお米くれた。それを持つと、ずっしりと重い。少しよろめいたけど、肩にかつぐと何とか持つことができる。

 おじさんと奥さんに、何度もお礼をいって、僕は店をでた。

 きた道を引きかえす僕の頭のなかは、二人の笑い顔でいっぱいだった。自分の描いた絵で、人があんなに喜んでくれたことに、なにより驚いていた。そして自分のことを、すこし誇らしく思えた。

「ただいまー」僕は元気よくあいさつした。

 お母さんは洗濯物をたたんでいたので、顔を上げて部屋に入る僕に気づいた。そして肩にかついだ物にも。「あれ、どうしたの?」

 僕は、お米屋さんに行ってきたことを話した。

 お母さんは喜んで「さっそく今夜、食べよう」といった。

 夜になって仕事から帰ってきたお父さんは話を聞いて「それは楽しみだな」といいながら、夕食の席についた。

 家族そろって食べ始めると、みんな最初にご飯を口にした。

「うん、うん、おいしい!」とお父さんがいった。

「ほんと、味が違う。裕明が初めてかせいだ物だもんね」

 お母さんは、ご飯をほお張りながらいった。かせいだ物、僕が初めて。きょう僕は、自分の力でお米をかせいだんだ。そう思うと、ほんとうに、食べたことのないほど美味しいご飯だった。

 食事をしていると、いつの間にかまた、なつかしい思い出話になっていった。僕の知らない僕のことが、沢山たくさん掘り起こされて出てくるから、すてきな時間旅行をしている気分だった。

 おかずが終わっても、ご飯だけおかわりして食べた。

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