「縁の下のぶーちゃん」
僕が一年生だった夏、ノブオくんは転校してきた。先生に並んで紹介されたあと、ノブオくんは黄色い帽子をとると、寝ぐせのついた髪がぴんと立った。
その日の授業が終わると、僕は近所に住むタツヤくんと一緒に、教室をでて帰ろうとするノブオくんのところへ走っていった。
「なあなあ、テレビで何が好き?」
タツヤくんが少し息を切らせながら聞いた。でも僕たちは好きなテレビ番組について、興味があった訳じゃない。
「んー、ドラえもんの好いとー」
僕はタツヤくんと顔を見合わせて、くすくす笑った。ノブオくんの話す、博多弁に興味があったのだ。
「おまやー、なして笑っちょる?」
きょとんとした顔でノブオくんがいったので、僕たちは声をだして笑ってしまった。訳の分からない顔で立ってたノブオくんは、ばか笑いの僕たちをおいて歩きだした。
そのうしろ姿に気づくと、あわててタツヤくんと後を追った。
「ごめん、ごめん。ねー、校庭の動物見に行こうよ。面白いよ」
僕はノブオくんの前に回り込んでいった。ノブオくんは口元で少し笑って、うなづいた。
黄色い帽子をかぶった僕たち三人は、校舎の横にある飼育小屋へと向かった。
「こっち、こっち」
小屋が見えてくると手招きしながら、僕とタツヤくんは走りだす。それに釣られるようにして、ノブオくんも駆け足になった。
小屋の鉄柵に張りつくと、僕とタツヤくんは振り返っていった。
「ほら、見てみて!」
ノブオくんもかけよると、いっしょになって鉄柵へ張りついた。飼育小屋の中には小さな豚の赤ちゃんがいて、突然やってきた僕たちを見つめてる。
「いやー、たまげた。どーして愛らしかもんなー」
ノブオくんが目を真ん丸くしていった。
「少し前に寄付されて、この小屋にやってきたんだよ。ノブオくんと同じ転校生だね」
ノブオくんは僕の言葉なんて聞こえてないみたいに、子豚を見つめている。白くて短い毛に、うすいピンクの鼻。子豚は僕たちの間を行ったり来たり、ぴょこぴょこ歩きまわってる。
タツヤくんがふざけて、小石をひろって投げつけた。それは歩きまわる子豚の横に落ちたので、もう一度、小石を拾って投げつける。
「なんば、こつけるとや。可哀想やけん、せんでちゃくれんね」
ノブオくんが、きっぱりといった。その言葉に、タツヤくんはぴたりと動きを止めた。ちょうどそのとき、子豚もぴたりと止まって、いきおいよく「ブー」と鳴いた。その子豚の動作が、まるでノブオくんの言葉を分かっているかのようだったので、僕たちは一斉に笑った。
はじまったばかりの、夏の新しい光のなか、小っちゃな顔を三つよせあって、僕たちはけらけら、けらけら笑った。
あれから何年も経って、体もそれぞれ大きくなって、僕たちが五年生になったとき、また三人は同じクラスになった。
クラス全員の係活動を何にするか、決めなければならない。担任の河合先生が長い髪を指で耳にかけ、優しい口調で進行する。希望のある人はそれぞれ好きな係につき、残った人はくじ引きで係を決めることになった。
くじ引きの結果、僕は生き物係になった。クラスの女の子で気になっていた、浅香さんと一緒の係だった。嬉しいのと緊張とで、体が浮き上がるような変な感じがした。そして、ノブオとも一緒だった。ノブオは生き物係を、最初から希望していた。
教室の窓にそった棚の上に、大きな水槽が置いてある。その中にはミドリガメが三匹飼われていて、カメが日光浴できるような大きな石と水が張ってある。
水槽の水を替えるときには、浅香さんとノブオと僕の、三人がかりで持ち上げなければ運べない。この水替えが嫌だった。誰かに見られたくなかった。ノブオと一緒にいて、僕も弱い者の仲間みたいに思われるのは、すごく嫌だった。
水道のある廊下まで運び、僕が大きな石を水槽から出した。そして一匹ずつ甲羅を持って、別の入れ物にカメを移しておく。甲羅を持つと、その指を外そうとカメは必死になって、手足を使って指をどけようとしてくる。指にカメの爪が当たって、痛いのと気持ち悪いのとで、僕と浅香さんはカメを落としそうになりながら、やっと移した。
そして僕とノブオで水槽の水をまける。カメのいた水槽の水には雑菌が多いせいで、触れた手はひりひりと痛がゆい。浅香さんと僕で水槽を洗っている間に、ノブオはカメの甲羅を古い歯ブラシで掃除した。一匹ずつ手にとって掃除しながら、合間に甲羅の感触を確かめるように指でさすっている。そんな時のノブオは、満足そうな笑顔だ。
大きくなるにつれ、ノブオはほとんど喋らなくなった。きっかけは方言のことを気にしていたからなのかもしれない。背も小さいし、友達もいないし。そんな訳で、ノブオはよくからかわれたりした。転校してきた一年生の頃とは、すっかり変わってしまった。変わらないのは動物好きなところと、寝ぐせだけだ。
きれいになった水槽に、くみ置いていた水を入れる。そして石を入れ、カメを中に放した。臆病なカメたちは、身を隠そうとして必死に泳いでいく。
「あははっ、可愛いね。気持ちよさそー」
浅香さんが水槽をのぞき込んだ。僕とノブオも、その横からのぞき込む。
きらきらと真新しい水のなかを、石の隙間に隠れようと泳ぐので、懸命に水をかく後ろ足と三つのしっぽが見えた。