遠いとおい、西のほうの町から、ぎんぎらぎんのおっちゃんがやって来た。大きな外国の車が黒い煙りをはきながら、私とお兄ちゃんの前で、ぶるるんっと止まった。
「けったいな町(まっち)やなー」
左のドアをどんっと開けて、おっちゃんが降りてきた。黒いサングラスをかけ、てかてかに光るクシの通った髪に、立てじまの白いスーツを着ている。おっちゃんは目をまるくした私のことを、まじまじと覗き込んできた。
「ほんま姉貴の娘(こ)や。そっくりやないかー」
そういって、おっちゃんは笑った。お兄ちゃんは怖がる私に気づいて、おっちゃんとの間に立ってくれた。そして私たち二人の名前をいってから、自己紹介を始めた。
「こいつが三年生で、僕が四年生です」
「おー、そーか。えー子たちや」
おっちゃんは金の時計や指輪をした手で、じゃらじゃら音をたてながら私たちの頭を撫で回した。私の頭は右に左にゆれてしまう。
「なんでも買(こ)ーたるでー。どや。自転車がえーかー、ブランドの服でもえーでー」
ご機嫌で、大きな財布をとりだした。そして中をのぞき込む。するときゅうに顔色が曇って、おっちゃんの勢いがなくなった。
「んー、そーやな。今日のとこは、たこ焼きにしとこーか」
私は大好物に、飛んで喜んだ。
「ばっかだなー、そんなのいつでも買えるのに。おっちゃん、おれ自転車がいい!」
「あほっ。一緒やないとケンカになるやろ」
そう言って、私とお兄ちゃんの手のひらに、五十円玉を一個ずつのっけた。
「えーか。二つ合わせて、ぎんぎらぎんや」
また元気よく、おっちゃんが笑った。
家まで、おっちゃんを案内した。おっちゃんの歩き方は変わっていて、両手と両足を広げて歩くので、まるで怪獣みたいだった。すれちがう近所の人は、怖がったり迷惑そうな顔をしたりして、おっちゃんをよけた。
お母さんは黙ったまま、じっと家の前に立っていた。おっちゃんが手を上げると、お母さんの目は涙であふれそうになる。
「いったい何十年、顔見せないのよ!」
いった後、お母さんの目から涙がこぼれた。
お母さんとおっちゃんは難しい話をしていた。用が済んだから帰るというおっちゃんに、お母さんは、どうしてもおじいちゃんとおばあちゃんに会ってから帰れという。何としても聞かないおっちゃんを見て、お母さんは黙って家に入ると、小さな箱を手に出てきた。
「この箱をおじいちゃんとおばあちゃんの家に届けてほしいの。大切な箱だからね」
お母さんは私に箱を手渡した。その箱は手の中で、生きてるみたいに少し動いた。
「かならず日が暮れるまえに届けてほしいの。いまからじゃ歩っては無理だから。お願い、近くまででいいから乗せていってあげて」
お母さんはおっちゃんに頼んだ。仕方なさそうに苦笑いをし、おっちゃんは引き受けた。
「いい、かならず、日が暮れるまでにね」
そういって私とお兄ちゃんを見つめ、お母さんはいたずらっぽく笑った。
おっちゃんはエンジンをかけ、勢いよく車をだした。ぐんぐんスピードが上がり、景色が流れてゆく。私たちは窓を開けて顔をだすと、ほっぺと唇が風でぶるぶるゆれる。
「こないな高級車、乗ったことないやろう」
おっちゃんが自慢げにいったちょうどその時、車が変な音を立てた。鉄と鉄がすれる音のあとに、爆発したみたいに大きな音がした。ボンネットの隙間から白い煙がでている。
おっちゃんは慌ててハンドルを切り、車を道の脇に停めた。血相を変えたおっちゃんがボンネットを開けると、凄い煙りに包まれる。そして煙が晴れると、すすだらけのおっちゃんが現れた。顔やサングラスや、白いスーツも真っ黒だ。しばらく立ったままだったおっちゃんは、すすで見えなくなったサングラスを外していった。
「日が暮れるまでに、行かなあかんな」
私たちはうなずいた。おっちゃんの目は、見たこともないほど小さくて、かわいかった。