Love is Over ? ②

 

 店が定休日の平日に、北沢さんから電話があった。初夏の蒸し暑い日だった。私を呼ぶつもりではなかったのだろうけど、彼の話を聞いているうちに、私は行くことにした。車で五分とかからない。

 さばえ商店街に着くと北沢さんが立っていた。そして彼の視線の先には、高校生の男の子がいる。まるで茫然自失といった状態だった。北沢さんの話によると、仕事の打ち合わせの帰りに高校生二人に出会したのだという。二人は口論をしていて、ちょうど女の子が立ち去ったところだった。

 私は目の当たりにし、言葉が見つからなかった。高校生二人の恋の行方に私たちの結末を委ねるなんて、きっと私の気の迷いだったのだ。小さな頃から私は、たった一つの大事なお人形を、友達にあげてしまうような子だった。大切過ぎるお人形を、自分で台無しにしてしまうことを考えると恐ろしくて、それを避けるため友達にあげてしまう。そんな子だった。

 男の子の在りように、北沢さんは肩を竦めた。いつでも予想を裏切る現実を、なんとか受け止めようとする苦い笑いを見せて。

 数日して、北沢さんが西山公園に誘ってくれた。いつものようにツツジの坂道を中腹まで登り、いつものベンチに腰を下ろす。夏の盛りの日差しだが、空気は澄んで軽やかだ。

「話があるっていったのは、上村さんのことなんだ」

 ある程度の覚悟はあった、予感がしていた。北沢さんは、少し伏せ目がちに語り出した。

 上村さんは妊娠していた、四ヶ月だという。情熱的に取り組んできたフレーム工房の仕事は、これを機に辞めるそうだ。そして、相手の彼とは、九月に結婚予定だという。

「え、結婚? 彼って?」私の声はへんに上擦っていたと思う。

「上村さんと同学年の好青年だった。僕のところへ挨拶に来てくれたよ」
北沢さんの表情が、うっすら綻んだ。

「出産してからも仕事を続けるべきか、理絵さんの店に何度か相談しに行ったらしい。工房には男しかいないだろう。でも言い出せずに、結局そのまま帰ってきたといっていた。でも理恵さんは彼女が妊娠している事情も知らずに、上村さんのことを気にかけるよう僕に言っていたよね。さすが女性の勘は鋭いなと思ったよ」

「いや、それは」自分の思い込みに戸惑った。
私の抵抗は、北沢さんの言葉に掻き消された。彼は鯖江の街並みを眺めながら、言葉を噛みしめ語っている。

「知らなかったとはいえ、安定期前の彼女に無理をさせてしまった。そして何より、理絵さんが僕と別れようとまで思い悩んでいたことにさえ気づけなかった。僕は改めて、職人の道に専念しようと思う」

 彼に決心させたのは私だ。ひとあし違いで、また大切なものを失ってしまう。

 緩やかに、風が通りすぎた。

「あれ、あの二人。まだ会ってたんだね」遠くに目をやる、北沢さんがいった。

 芝生広場のベンチに高校生の男女が座っている。喧嘩をしていた、あの二人だった。真夏の光景に、しっくり収まっている。

 私は一瞬見間違いかと思い、もう一度目を凝らした。間違いない、女の子が買っていったヒマワリのバッグチャームだ。男の子の持つスクールバッグについている。

 私はヒマワリのバッグチャームに、手書きでこう説明ポップを添えておいた。
『男子はきっと気づかないけれど、ヒマワリの花言葉は「あなただけを見つめています」です。想いを、そっと送ってください』

 女の子が見つめていたのは、あの男の子だったのだ。

 草いきれを含む風や、乱反射する無数の光子が、二人を祝福しているみたいだった。その周りが、輝きで満ちている。

「二人、うまくいってるみたいじゃない?」北沢さんがつぶやくと、

「新しい恋が、始まったみたい」私はいった。

 北沢さんは、はっと私を見つめた。

「やっぱりそうか。あの二人、相性いいと思ったんだ」

 彼の言葉に、いたたまれなかった。考えるより先に、言葉が溢れだした。

「北沢さん、あの、何から説明すればいいのか分からないけど、ほんとに御免なさい。馬鹿な私のせいで北沢さんの心を弄んでしまった。もう手遅れでも、それでもお願いします。初めから、あなたともう一度やり直したい」

 そして私は彼に話した。勘がいいなんて思い込んでた、勘違いのこと。小さな頃から、幸せの手前で逃げ出してしまうこと。傷つくことを避けるために、何でも壊してしまうこと。北沢さんのことも、軌道にのった雑貨店を手放したくなる衝動のことも。私という、変な女のすべてを話した。

 彼は私から目を逸らすことなく、その全てを受け止めてくれた。そして答えの代わりに、彼は歌いだしたのだ。

 人前で歌うなんて想像も出来ないほど真面目な北沢さんが、真っ直ぐ私に向かって歌っている。そう、チェリーブラッサムを口ずさんでいる。
傷つくことも、もう何からも逃げたくなかった。

 私は歌った、彼と一緒に。滲んだ北沢さんの輪郭が分からなくなるくらい笑って、そして一緒に歌った。

 

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