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社会の有るがままを、
世界の有るがままを。

「縁の下のブー」⑥

 夏休みまで一週間をきった日、ということはノブオと別れるまで一週間をきった日、梅雨が明けた。夏の始まりの強い日差しが校庭に照りつけて、気温をぐんぐんと上げてゆく。僕たちは夏休みの予感を感じて、いつもよりすっと早く一日が過ぎた。

 電話が鳴ったのは、夜の八時近かった。「ノブオくんが、そちらのお宅にお邪魔していませんか?」という電話だった。話を聞くと、ノブオが行方不明になっているという。さらに聞けば、学校の飼育小屋の戸が開いていて、中にいた豚もいなくなっているということだった。

 学校から「手分けをして町を捜索したいので、協力できる方はお願いします」と連絡があった。PTAの学級委員であるお母さんには、別に連絡があり、お父さんも一緒に出かけることになった。

「絶対に外へ出ないでね」

 お母さんは僕にそういって、お父さんと出かけていった。

 外からはパトカーのサイレンが、まるで違う方角からいくつも聞こえてくる。町は大変な騒ぎになっているみたいだった。

ノブオは何をしているんだろう。こんな真っ暗なのに。自分の中で想像していることを思うと、怖かった。まさか、夜なのに。でも考えれば考えるほど、頭から離れない。でも怖い。外に出るなと、きつく言われたんだからしかたない。でも、でも。ノブオが心配だ。この声は、心が教えてくれる声の気がする。

 僕は立ち上がった。落ち着いて、深呼吸してみる。ゆっくり、頭を空っぽにして。胸を張って大きく吸い込むと、僕は走りだした。

 家をでて、真っ直ぐに畑の方に走った。体が、次々と足を前に、前にと繰りだしてくる。心に従うと、体が、驚くほどのスピードで僕を走らせる。気持ちいい。切る風が、気持ちいい。

 住宅がまばらになって畑が近づいた辺りに、小学生のような男の子がいた。僕は目を凝らしてみる。やっぱりそうだ。

「どうしたの、タツヤ?」

「や、ノブオがいないみたいだから。お前こそ、どうしたんだよ」

「僕も、そう」

 タツヤは少し戸惑っている。

「こころ当たりがあるんだ」そういって僕は走りだした。僕の姿を見て、タツヤも走りだした。

 畑の前を突っ切って、狭いあぜ道に入った。雲が多いけど月明かりが薄っすらとあるので、鳥居と神社を囲う森が、神秘的に浮かび上がっている。

 鳥居の手前で、僕はスピードを落として、歩きだした。タツヤも僕に並んだ。

「ここか?」

「うん」

 鳥居から石段のつづく先の、近寄りがたい雰囲気を、タツヤも感じているようだ。

「あのさ:」

 僕がそういうと、タツヤは顔を向けた。そして僕は、この間ノブオがカメにしていた事を、一部始終話した。僕の話が終わると、タツヤは遠くを見た。町からはサイレンの音が聞こえてくる。タツヤはしばらく黙ったあと、深い溜息のような息を吐いた。

そして、「行こう」といった。

 朱色のはげた鳥居は、気味が悪い。僕たちはゆっくりと潜って、足場の危険な石段を、気をつけて一段一段のぼっていく。神社の森が、風にざわめいて僕たちを迎える。石段をのぼるたびに、ひんやりとして湿気くさい空気に変わっていく。

 石段をのぼりきった。本殿が見えるはずだけど、この前よりも比べ物にならないほど暗い。本殿の上だけ森の木がないので、そこからの月明かりが、本殿の輪郭をぼんやりとだけ教えてくれる。

 タツヤも足が止まって、前に進めないようだった。僕はその場で、息を深く吸ってみた。心の声に、耳を澄ませる。風が木の間をすり抜けて、僕のところに届く。

 一歩、踏みだした。そしてもう一歩。足をつけるとき、体重を乗せるまえに、足の裏で地面の感触を確かめる。進んでいるのは全くの闇で、つぎの一歩で地面が裂けていたら、僕は奈落の底に落ちるしかない。もう一歩進んで、地面を確かめる。そこまで来てやっと、声をだす勇気が少しでた。

「ノブオ、いるの?」

 返事をするのは、風の音だけ。

「ノブオ、ノブオー」

 ちょっと大きな声をだしてみた。僕の声は、闇に吸い込まれるみたいに消えた。

「ノブオー、いないかー」

 タツヤも呼んでみる。その声に重ねて呼んでみた。僕たちの声は、すべて闇に飲み込まれた。町のサイレンも、なにも聞こえない。しんと静まり返ると、突然はっきり聞こえた。

「ブー」

 僕はすぐに聞き返した。

「ブタ夫か? ブタ夫がいるのか?」

「ブー、ブー」

 間違いなくブタ夫の鳴き声だ。僕たちは嬉しくなって、声のした方に向かった。目が闇に慣れてきている。縁側の形が見えた。この間、ノブオがいたところだ。僕は縁側の端に手をかけて、縁の下に潜り込んだ。

「ノブオ!」

 そこにはノブオがいた。

ブタ夫を抱いている。

「ああ」

 ちょっと気まずそうにノブオがいった。タツヤも潜り込んできた。

「ここにいたのか。やったな、ノブオ」

 タツヤがいうと、ノブオはまた「ああ」と返した。そして思いを巡らせたみたいに、納得したみたいに、ノブオがいう。

「そうだな、やったね。今回、かなりやったね、おれ」

 ノブオの言葉に、タツヤと僕は笑った。僕たちが笑うと、ブタ夫も一緒にブーブーと鼻を鳴らして合わせてくる。ノブオも一緒に、みんなで笑うと、みゃーみゃーという鳴き声が聞こえた気がした。なんだろう。

 ノブオが、その箱を引き寄せた。なかには、生まれて間もない子猫が四匹いた。みゃーみゃーと大合唱だ。

「そうか、ノブオは子猫に餌をやるために、いつも神社に来てたのか」

 ノブオは子猫を抱き上げながら、うなずいた。そして二匹を、タツヤに抱かせる。僕も箱の中から二匹を抱き上げて、ノブオの横に座った。タツヤもノブオをはさんで腰を下ろした。

「可愛いなー」

 タツヤは思わずにやけて、子猫たちをなでる。

「うちのマンションは猫を飼えないから、ここで育ててたんだ」

 ノブオがいったそのとき、町の方からサイレンの音が聞こえてきた。

「おれたちを探しているのかな」

 ノブオがいうと、タツヤが答えた。

「警察はそんなに暇じゃない。大人は、もう俺たちのことを忘れているよ」

 そんなことはないと、僕は思った。お父さんとお母さんは、まだきっと探しているはずだ。

 見えていた子猫が、急に見えなくなった。しっかり抱いているのにと思い、横に目をやる。ノブオもタツヤも、ブタ夫も見えなくなっ

ていた。風が強くなっている。雲が月を隠したのだろうと思い、縁側をでて空を見上げようとしたとき、雷声が轟いた。

「うわ、またこれだ!」

 僕はすぐに、頭を引っ込めた。それから間もなく、雨が降りだした。大粒の雨だ。瞬くまに、土砂降りになった。

バタバタバタバタバタ。

 みんな声を上げて逃げ、出来るだけ足を引っ込める。縁側にも激しく雨が打ちつけた。僕たちは着いていた尻を上げた。それでも地面に打ちつける雨のしぶきで、ズボンの裾がびしょ濡れになっていった。

 風が強くて、体が濡れたところから冷たくなっていく。雨の音だけで、僕たちは押し流されそうな気がした。激しい雨音の隙間から、ノブオが立てる音が聞こえてくる。何だろうと思ってじっと耳をたてると、それはノブオの泣き声のようだった。泣いてるの? いった言葉は、雨音にかき消された。

「泣いてるの? ノブオ」

 今度は聞こえたみたいで、泣き声から、言葉らしい音に変わってゆく。

「:虐めてしまった、カメを、何も悪くない、カメを……」

 そういってノブオは泣いた。大きな声で泣いた。

「泣くなよ、ノブオ: 全部、ぜんぶ俺が悪いんだから!」

 タツヤは涙声でいうと、声を上げた。地面を打つ雨のように、二人は激しく泣いた。ノブオの涙と、タツヤの言葉と、激しい雨が、胸の奥のほうを揺さぶった。

「僕が卑怯なんだ! 誰よりも卑怯なんだ!  ごめん、ごめん!」

 僕は叫んだ。雨はさらに強く、世界中に打ちつける。僕は子供みたいに泣いた。タツヤも、ノブオも、子供みたいに大きな声を上げている。思う存分、本当に、子供みたいに。僕たちが初めて会った一年生のころみたいに。それくらい小さな子みたいに、僕たちは泣きつづけた。

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