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社会の有るがままを、
世界の有るがままを。

オクターブの世界 ②

    一日目

 

 始業式が終わったあとの教室で、クラスの友達は元気いっぱい。海に行ったとか、ディズニーランドに行ったとか、山でキャンプしたとか。たくさんの思い出が飛びかっちゃってます。

 私は、といえば。ママが家からいなくなったことを、話したほうがいいのかな? 例えば、仲のいい友達にだけはとか。どうなんだろう。話さないでいると、なんだか、とても大きな秘密を隠しているような気になって、普通でいられない。

 例えばさっき、仲良しのレイちゃんが、怖い顔してきたでしょ。

「あー、あー、モエちゃん、靴下! ちゃうやんか」

「レイちゃん? なにが?」

「夏休みの前に約束したやんか。学校が始まる最初の日は、おそろいの靴下はいてこようねって。一緒に買(こ)うたやろ、かわいい熊さんの。ほら、みてみ、これ。仲良しの印にって。親友なら夏休みが長くても、絶対に忘れないよねってゆうたやろ」

 あたた、やってもーた。完全に忘れてた。

「あの、ごめんな。うちも、いろいろあってな」

「もーえーわ。せやけどなんでモエちゃん、関西弁なん?」

「いや、レイちゃんが関西弁でくるもんやから、あわせた方がええやろ思うてな」

「あわせるんなら靴下合わせてや。しかもなんで怪獣のプリントかな」

ひそかに好きな昭和の怪獣キャラ、ゴジラのプリント靴下をまじまじ見られるの、やや恥ずかしーな。

「これじゃ、だめか。かわいい熊さん、ほら」

 ゴジラの顔を両手でねじって寄せて、かわいい熊さんに見せかけた。

「だめか。でもなんでレイちゃん、関西弁なん?」

「やっと聞いてくれたかー。夏休みに『USJ』行ってきたんや」

「ああ、ユニバーサル スタジオ ジャポンか」

「ジャポンちゃうやろ。いちいち、ちっちゃいボケ入れてくるわ」

 つっこむレイちゃんのところへ、友達に押されたノブオくんがよろけながら転がりこんできた。

「いてててっ」

 倒れたノブオくんの足元を、レイちゃんは指さして叫んだ。

「あー、モエちゃんと、おそろいの靴下!」

 あた。ノブオくん、あんたもゴジラ好きとは。

「あはは、二人がおそろい、おそろい。がおー、がおー、ははは」

 レ、レイちゃん、その顔。

 かわいい顔してあんた、怪獣になりきりすぎだよ。

 親友だけど、ママのこと、話せない。

 学校の帰り、ちっちゃな川にそった道を、曲がらずに歩いた。

 垣根のおおきく開いた入り口から、古い木の家が見える。縁側からのぞくと奥の台所で、おばあちゃんが料理の支度をしていた。

「あばあちゃん、こんにちは」

「モエかい、いらっしゃい。そこ、あがっておいで」

 おばあちゃんは仕事をしながらいった。

 広い居間にどんと座ると、いつもの古いお家のいい匂いがする。

 この大きなお家に、おじいちゃんとおばあちゃん二人だけで暮らしてるんだよね。私の家はといえば、ここから歩いて五分の狭いアパートに、パパとママとタっくんと私の四人で住んでいる。なんで一緒に住まないんだろうね、大人ってほんと不思議。

「おじいさーん、モエがきたよー」

 おばあちゃんは台所の小さな窓を開けて、裏の畑に声をかけた。

 そして少しすると、おばあちゃんは私のまえにお皿をおいた。

「はい、梨だよ。お食べ」

おもわず声をあげて、ほおばった。

「美味しー」

ぷちぷちって、口の中で水がはじける。たくさん食べる私を、おばあちゃんは優しい顔で見ていた。

 おばあちゃんを、悲しませちゃうかな。

 ママがいなくなってしまったことを話したくて来たんだけど。だけど『りこん』したなんていったら、おばあちゃんはビックリして悲しんで、泣いてしまうかもしれない。

「……おばあちゃん。おじいちゃんとケンカすること、ない?」

 すこし戸惑ったおばあちゃんの顔は、またすぐ笑顔になった。

「それはあるさ、若(わけ)えころはな。年取ってずいぶん、しなくなったもんだけどな」

「ケンカしたら、どうやって仲直りするの?」

「それはな、まあいいかって忘れちまうこと。ケンカしたって、そのうち腹がへれば飯こさえて、『ご飯だよー』って、いつもの声だせばいいのさ。そしたら、じいさんだって『はいよー』って、いつもの声で答えるさ。それで終わりだ。次の日まで怒ってるなんて、だめだよ」

 もう九月なのに、長生きのセミが鳴いていた。

「よっこらしょっ。モエには、ちょっと重いかな」

 おじいちゃんが大きなかごを肩から下ろして、縁側においた。

「お母さんに持っていっておくれ。よろこぶだろうから」

 おじいちゃんは泥のついた手で、ナスの表面をていねいになでた。

 ママもイヤなことなんて忘れて、帰ってくればいいのに。

 野菜をもらってよろこぶママの顔とか、まな板にのせて切る姿とか、ママのいない昨日の夜とか、いろいろなことがごちゃまぜになった。そしてどこか、遠くから聞こえる大きな声に気づいた。

それは、私の泣き声だった。そうだと分かっても、もう止められなかった。ママが家を出ていっちゃったことを叫びながら、おじいちゃんやおばあちゃんが涙で見えなくなっても、まだ止まらなかった。

 一瞬おじいちゃんの顔が曇って、でもすぐに笑った。

おばあちゃんが後ろから、私の肩にそっと手をおいた。

「大丈夫だよ、モエ。二、三日もすれば、もどってくるから」

「だって、おばあちゃん、次の日には忘れるって……」

「大ゲンカしたって、せいぜい二、三日さ。家族なんだから」

 本当かな、本当に二、三日かな。二、三日すれば、ママは帰ってくるのかな。

でも、おばあちゃんのいうことは今まで、いつだって正しかった。なんだか胸のあたりの息苦しいかたまりが、きゅうに無くなっていく感じがした。

「そっか、二、三日か。そうだよね、家族だもんね」

 おばあちゃんは顔を近づけて、私の目のまえで笑った。

 太陽が、山の近くに見える。

まだ空は明るくて、柿の木の葉が、光を受けながら風にゆれていて。

 おじいちゃんが採れたての野菜を、ビニール袋に入れてくれた。

「おじいさんが沢山食べさせたくて、ほれ、あんなに詰めてる」

 おばあちゃんは楽しそうにいう。

「これは重いから、わしが持ってこう」

 おじいちゃんが袋を持つと、奥の台所へいったおばあちゃんは、大きな鍋を持ってきた。

「おじいさんは、これを持っていってください。けんちん汁だから、こぼれてしまうからね」

「よし。じゃあモエは、この重い野菜の袋を持ってもらわんと」

「うん、大丈夫だよ」

 ランドセルを背負って、野菜の袋を右手で持ち上げた。よいしょっ。袋はなんとか持ち上げたけど、重くておもくて、転びそうなほどにかたむいた。

 あばあちゃんは私を止めて、かぼちゃとナスと、きゅうりを半分くらいづつ、新しい袋に入れかえた。そして二つになった袋を、それぞれの手に渡してくれる。

「あれ、らくらく持てる。しかも歩きやすいや」

 おばあちゃんは、いたずらっぽく笑った。

「いいかい、モエ。なにごとも、バランスが大切だよ」

 おばあちゃんは、私の左手をとんとん、とした。

「お母さんは一生けんめいやってる。モエとタクミを守ろうと一生けんめい生きてる。だから元気なんだよ。でもな、そんな時はきまって相手に不満を持ち合うものだ。父ちゃんのことを許せないと思うこともあるさ。でも大丈夫。じっと待っていれば、そのうち許せる気持ちが、どこからか、やってくるものだから」

 おばあちゃんの話を聞きながら、パパとママの顔を思い浮かべた。

「そっか、うん。ありがとう、おばあちゃん」

 私は両手に袋を持ち、胸を張って歩いた。おじいちゃんは、けんちん汁の大きな鍋と漬物の入った袋をさげて、いっしょに歩いた。

 

太陽が山とくっついて、すこしオレンジ色の空。

 

おじいちゃんを見送ったあと、私はピアノの前にすわった。二、三日でママは帰ってくる、その言葉に安心した。

 悲しいお話の少女マンガを読んだあと、いま習っている曲をひいてみた。ガブリエル・フォーレの『シシリエンヌ』。悲しい旋律だけど、そのなかに隠れている美しさが気に入っている。

 シシリエンヌを五回ひくと、うっとりするのにも飽きてしまった。

 曲のない部屋は、なんだか死んじゃったみたいに見える。

 きゅうに不安になって、ママからもらったメモを取りだした。『なにかあったら電話しなさい』。ママの言葉を、ぎゅっと抱きしめた。

 電話をとって、携帯電話の番号を押した。何度も呼び出し音が鳴ってから、もう出ないかとあきらめかけたとき、やっとママの声がした。

「もしもしママ、いまどこにいるの」

「あーモエちゃん、よかったー。寂しかったでしょ、ごめんね。ご飯食べられた? タっくんは、大丈夫?」

「タっくんは元気だよ。ご飯はパパが作ってくれた」

「そう、よかった。家を出たのはいいけど、モエとタっくんから離れてるの、ママがつらいよ。だけど今回だけは、パパのこと許せないから。二、三日だから、モエちゃん辛抱して。ママ、夜もほとんど寝れないんだよ。あ、ちょっと待って、もう切らなきゃ……」

「分かった、はやく帰ってきてね、ママ」

「うん、じゃあね」

 そっと受話器をおいた。やっぱり、おばあちゃんの言う通りだ。

 部屋が、息を吹き返したみたい。

 私はピアノに向かって、楽しい曲をひき始めた。モーツァルトのソナタ K.545。踊るみたいに鍵盤をはじいて、体をゆらした。

タっくんが帰ってくると、もうそとは暗くなりはじめていた。

 ママがいなくて不安だろうから、明るい声を出さないとね。

「遅かったね、タっくん。友達と遊んでたの?」

「ちがうよ」とタっくんは、重たそうな図書袋を下ろした。

「図書館で本を読んでたの。読めなかった二冊を借りてきた」

 タっくんは図書袋から分厚い本を二冊とり出し、そのうちの一冊を寝転がって読み始めた。『素粒子の世界』という科学の本だった。

「タっくん、さっきママに電話したら、もう少しで帰るっていってたよ」

 そういう私のまえに本を閉じて立ち上がると、

「お母さんはコップの中にいます。お姉さんには分からないのですか」

 タっくんが突然、キリっとしていった。

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