bloco

社会の有るがままを、
世界の有るがままを。

オクターブの世界 ⑥

 パパは仕事から帰ると、ママにかけよって抱きしめた。

 ママは恥ずかしそうに、苦笑いするのが見えた。

「よかったー、ほんとによかった。ママ、見ておくれ。おれが、お払いをしてもらったんだよ、ほら。しかし、効き目あるもんだなあ」

 ママをコップの前に連れていって、お札を見せている。

 説明する気になれない私は、苦笑いした。

 ママは「お料理、したかった」っていって、にこにこしながら、ハンバーグを作った。タっくんと私で料理をはこんで、四人で食べた。

「おいしい。ママの料理、サイコー!」

 私が手をつき上げると、みんな楽しそうに笑った。食べながらママが話してくれた、一オクターブ下の世界の話が面白かった。私ならそんな世界、一日ももたないよ。

 タっくんんはずっとママ、ママいって、いつものタっくんに戻っていた。でもママが、電話を何度もかけたのにつながらなかった話をすると、いきなり天才モードに入って、「お母さん、それはきっと、電波が電子の地球から外には、飛ばなかったからですよ」だって。

 パパは仕事が終わって、ママも帰って来たってことで、昼間から缶ビールを飲んでいる。すぐにパパは酔っ払って、渦巻き新幹線メガネをおでこに斜めがけすると、「もしも石田純一が太ったらぁ」って首をかしげて、「こんな感じー」と両手で自分を指さし、ぜんぜん似てない、もしも物まねを始めちゃう始末で……。そしてハンバーグとご飯を沢山食べて、赤い顔しながら、お腹をぽんぽんとたたいた。

「はー、満腹まんぷく。ママも帰ってきたし、これでまた今日から、ぐうたらできるぞー」

 私は一瞬、いやな予感がしてパパを見た。すると赤い顔が、ぶくぶくと波うっている。

「おおー、なんだ何だ! おおおーーっ、うわー」

 パパが大変! 顔とか手とかが、どんどん風船みたいにふくらんで、窓から空に広がっていっちゃった。窓枠に引っかかっていたお腹が抜けると、あっという間に空へ浮んでいってしまって。

「パパー!」

 ママは、つかんだパパの右足を離さないで頑張っていた。でも顔や手は、もう空いっぱいに広がってとけこみ、見えなくなっていきそうだった。それは見たことないほど巨大な怪獣、にしてはあまりに弱そうな。

私とタっくんもママを押さえたけど、浮んでいく力が強すぎて、とうとうパパの右足はすり抜けていった。そしてママの手には、靴下だけが残った。ママが小いさく、「くさっ」っていうのが聞こえた。

「どうしてー、ママが帰ってきたのに、こんどはパパが行っちゃうのー」

 いつものタっくんが、半べそをかいている。

 長机の下に、パパの携帯電話がころがっていた。もうどうしたらいいのか分からなくて、私とママはしゃがみ込んでしまった。

 散歩中のネコがのんきに、にゃあって鳴くのが聞こえる。

 ママが、空を見ながらつぶやいた。

「パパも行ってはいけない世界に行っちゃったのかな。ぐうたらできるって、ずーっとなんにもしないで、ぐうたらしていたいって、心の底から思ったせいで……」

 私は、そうだと思った。

「パパは一オクターブ上の世界に行っちゃったんだ。この世界を越えて、行ってはいけない鍵盤まで飛んじゃったんだ」

 私はその時、ママなら上の世界に行けるかもしれないと思った。一オクターブ下の世界に行けたんだから、ママなら一オクターブ上の世界にも行けるかもしれない。

「ねえママ、パパみたいに心の底から、ぐうたらしていたい~って思えば、上の世界に行けるんじゃないかな。ママならできるよ。そーしたらパパの足をつかんで、引っぱって帰ってくるの」

 ママは少し考えて、

「よし、やってみましょう」

といって、ヒーローみたいに立ち上がった。

 まずママの腰に、丈夫な布をぐるぐる巻いてしばった。その布にロープを巻いて伸ばし、家の柱と、洗濯機と冷蔵庫にくくりつけた。

 そしてタっくんがママの右足、私が左足を抱えて、準備OK!

「じゃあママ、ぐうたらしていいよー」

 ん、んん~~。ママはトイレにいるみたいな声を出している。

「んー、ぐうたらするのって、なかなか難しいわね。そんな気持ちになったことないから。あー、ぐうたらするの、めんどくさい! もう、なーんにもしたくない、? いいー、いいいーー、うわー」

「きたきた! タっくん、しっかり押さえて!」

 ママの顔や手が、みるみるふくらんで、空に広がっていった。

「ママー、上の世界がらくちんでも、帰ってきてねー」

 タっくんが叫んだ。

 柱と洗濯機と、冷蔵庫にしばったロープがピンと張って、ママの腰は窓のところで止まっていた。腰から上はどんどん大きくなって、あっというまに空までとどいて溶け込んでいっちゃう。

ママすんごい短足って、思ったけどいわなかった。

「ママー、行き過ぎちゃダメだよー。パパの足をつかんでー!」

 ママの顔と手は、もう空に消えて見えなかった。胸からの胴体だけが、広がったまま、空につづいている。

「ママーー」

 タっくんの力ない声がした。

 空からは、なにも聞こえない。

 どこまでもつづく青い空に、安物の服を着たママの胴体だけが、果てしなく広がっている。

 そして少しすると、さっきのネコが、またのんきに鳴いた。

そのとき遠くから、ずっと遠くから、声が聞こえてきた。

「うわーーあーーあーーーー」

 声といっしょにロケットみたいな勢いでママがしぼんで、空から顔が現れた。ママの両手は、しっかり足をつかんでいる。もの凄いスピードで二人が落ちてくると、部屋の中に転がり込んできた。

「痛た、たたー」

 私もタっくんも飛ばされて、部屋の奥に転がった。みんな体のどこかを打って、押さえていた。

「はあー、はー、ちゃんとパパの足をつかんだわよ」

 深く息をすったママは、かっこよかった。

「すごいよ、ママ。怖かったでしょ。パパ、お帰り!」

 私はいいながら、パパにハイタッチしようとした。

「?」

 上げた手が、そのまま固まった。ママもタっくんも、驚いた口が開いたままで。

 そこには知らないオジさんが、腰を押さえて、うずくまっていた。

「いたたっ」

 知らないオジさんが顔を上げると、タっくんにかけ寄って、いきなり抱きしめた。

「よかった! ノブオ、また会えたんだ。お父さん、帰って来れたんだ!」

 タっくんが苦しそうにしている。

「オジさん、もしかしてノブオくんのお父さんですか?」

 オジさんはふり返って、私を見た。

「私、ノブオくんと同じクラスのモエです。お父さんがいなくなったって、ノブオくん泣いてました」

 オジさんはタっくんを見ると、勘違いに気づいてあやまった。

 そして私は、パパが空に消えてしまったことを話した。

 するとオジさんは、遠い空を見ながら、ぽつりぽつりと語りだした。

「そうでしたか。残念ながらモエちゃんの、お父さんらしき人には会わなかったですね。会えばすぐに分かりますよ。ひどい世界でしたから。人を許してくれるのはいいんですけど、何でもかんでも許しちゃうんです。働かないのも、動かないのも、悪いことをしたって、誰でも許してくれるんですよ。だから終いには、何もすることが無くなって、ぐうたら寝転がっているだけなんです。私もぐうたらするのは好きだったけど、あの世界の人たちは度が過ぎている。私は頭にきて、働け! 少しは掃除しろ! って、小言をいってまわりました。でも小言をいう私すら、許しされてしまう。ちゃんといい返してくれ! っていっても、そんな私も許されてしまって。もうなにをする気力も、無くなっていきました……」

 私たちはオジさんと、アパートの階段を下りた。オジさんは「ありがとうございました」といって、何度もおじぎをした。ママもおじぎをして、タっくんと私は手をふった。

 申し訳なさそうな表情のオジさんは、きゅうに喜んだ顔になって向こうをみると、「やっほーー」とジャンプして、走っていった。

 私たちは三人で、ぽかんと空を見た。

 パパの顔は酔っていて赤かったから、同じ色が空のどこかにないかと探した。もう日の暮れかけた太陽が沈んでゆく山のほうに、パパのほっぺと同じ、ほんのり赤い色の空を見つけた。

「見て! パパがいるよ」

「ほんとうだ!」

 タっくんが声を上げて、ママも微笑んだ。

見上げていると、目のはしっこから涙のつぶがこぼれてきた。ママが帰ってからの、家族四人の時間が心のなかをかけめぐっていた。あんなに安心で幸せな時間、それがあっという間に無くなってしまった。私は地面の上に立っているはずなのに、ふらふらと足をふみ外したら遥か地の底へ落ちてしまいそうなほど、体がおびえてゆれている。

その時ママが大空に向かって、まるで赤ちゃんが泣くみたいに叫んだ。

「パパ、あなたのこと許せなくてごめんなさい! 最近イライラしていてもう限界で、パパに当たってばかりいた。でも、いなくなってしまわないで! パパがいないと、家族みんな明日へうまく飛んでいけないの!」

 パパとママが、それぞれの翼になっている飛行機を思い浮かべた。それは晴れた日も、雷の鳴る雲のなかでも飛んでゆける。

 ふと、おばあちゃんが分けてくれた、野菜の袋のことを思い出した。

「パパ、バランスが大切だって、おばあちゃんいってた」

 私はもう一度、真上を見上げてはっきりといった。

「パパがいないと、家族飛行機のバランスがとれないよ!」

 また涙のつぶがこぼれて、それをママが指でふいてくれた。

 タっくんは下をむいて震えている。

そして突然、顔を上げて叫んだ。

「パパー!」

 それは、遠くから聞こえた。

風を切るような、人の悲鳴にも似た音だった。そのごう音は、どんどん近づいてくる。

「うわあーーーー」

 天から現れたのは神さまじゃなくて、パパの足だった。そして空いっぱいに広がった手や顔が、みるみるしぼんで向かってくる。

 風を切る大きな音といっしょに、パパが落ちてきた。

 どっすーーーん。

 砂ぼこりが晴れると、お尻をさするパパの姿が現れた。

「パパー」

 タっくんが飛びついた。

そして私も抱きついて、みんなのことを、ママが優しく包みこんだ。

 

 やっと、やーっと、家族四人の夜がやってきました。

 パパはね、ママや私やタっくんが空に向かって叫ぶ言葉を、なんども心のなかで唱えたんだって。そしたら落ちていく感じがして、こっちの世界に戻れたんだって。不思議だよね。

 なんで聞こえたかって?

それは、聞こえたんじゃなくて、見えたのでした。だからパパは目をこらして、私たちの口の動きを見て、言葉が分かったんだって。「パパがいないと、家族飛行機のバランスがとれないよ!」ってね。

 なんで見えたかって?

 そ、れ、は、パパが渦巻き新幹線メガネをかけていたからでーす。

 石田純一、サイコー!

 そろそろ、夕ご飯の支度する時間だよ。

「ママー、お料理おしえて」

 私の言葉を、ママはうれしそうに笑って、包丁を手渡してくれた。

 サンキュ。

 

                       おわり

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