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社会の有るがままを、
世界の有るがままを。

スゲカエ ②

 

 テスト用にネット上の動画を使って、スゲカエ動作をチェックしてゆく。元動画は海外のもので、画面に映る部屋は誕生日の鮮やかな飾りがされ、中央から主役の女の子が笑顔で踊りながら歩いてくる。そしてカメラの周りにいる人たちのサプライズによって、女の子の顔が驚きに変わり、状況理解につれ喜びの表情へと移っていって声を上げる。これをアプリによりスゲカエた動画は、竹内こずえの顔が高水準でシンクロする。元動画とスゲカエた動画の二つを同時に再生しても、その表情変化に確認できる差異はない。

 誠司はスゲカエた動画を全画面に広げて再生する。そこには誕生日を祝福される、竹内こずえがいた。色とりどりのバルーンやガーランドをくぐり、踊りながら歩いてくる。元動画の女の子が白人で竹内こずえも色白なことから、顔から首にかけての同化処理が見分けのつかないレベルに達している。スロー再生で僅かなコマ落ちがあるかを視認する。見開いた驚きの瞳が、ゆるやかに歓喜の目に移り変わってゆく。そこには確かに、竹内こずえが息づいていた。

 また違う動画でテストを行う。海沿いの歩道でスケボーをする白人青年の動画をスゲカエる。青年の帽子から竹内こずえの髪が出てくる部分の処理に不自然さを感じて、誠司はもう一度再生する。キックフリップで飛び上がってから激しい着地のところで、髪が帽子からはみ出してしまう。誠司が修正方法について考えを巡らせながら再度再生したとき、不意に玄関のチャイムが鳴った。

 何かの勧誘だろうし、それが誰であっても玄関に出向くという選択肢を持たない誠司は作業を続けていると、立て続けにチャイムが鳴らされた。それはとても不遜なやり方で、様子が少しおかしいことに気づいた。間を置かずにまたチャイムが鳴り、ドアを叩く音が聞こえる。誠司の身体が強張った。思い浮かんだのは父が借金でもしたのかということだが、いままでそんな事はなかった。

 激しくドアが叩かれたきり、音が止んだ。誠司は息を吐いて、安堵から机に両肘をついた。もう一度小さく息を吐いてからディスプレイに目をやると、家の裏で物音がした。一瞬にして瞳孔が開き、聞き耳を立てた。猫か、犬か? いや、それよりも大きな何かが家の裏に存在している音だ。そしてその音が家の壁を上がってくると気づいたとき、誠司は立ち上がっていた。自分を襲う何者かが家の壁を這い上がるという想定可能な設定をその刹那で考えたが、ない。有りえない!

 その時、磨りガラスの窓に何かが貼りついた。後ずさりする誠司が見たのは、生きたタコのような、大きな体をした熊のような何かだった。それは貼りついたまま蠢いている。

「おい、せいじー」

 男の声だ。ガラスに貼りつく黒い点が人の目だと分かったとき、大きな陰影は人間の輪郭だったのだと理解した。覗き込もうとする片顔の頬と唇が、押しつぶれてタコのようになっていた。

「いるんだろが誠司! 開けろや、こらー」

 この声、この片顔、この押し付けがましさ。誠司には覚えがあった。名前がでてこないが、顔ははっきり浮かんでいる。

「八つ裂きくらわすぞ、こらー」

 そうか、と誠司は思い出した。こいつは八郎太だ。

 

  〈会津八郎太〉

 晴天の八月。気温は三十五度を超えている。しかも相手にしているのは、八郎太の体の心配などしそうもない奴だ。でも人生、出たとこ勝負。部屋に入るまで帰らねーぞと宣言したのだから仕方ない。八郎太は一階の瓦屋根の上に立ち、二階にある誠司の部屋の窓から語りかけている。八郎太は自分に計画があること、その計画には誠司が必要不可欠であることを伝えた。中からの反応はない。

 炎天下の瓦屋根は、容赦なく焼ける。八郎太は意地になりながらも靴底を通して火傷をしそうなほど足の裏は熱く、爪先立ちや踵立ちと接地面を変えながら耐え、それでも構わず汗が噴きだしてくる。磨りガラス越しに、誠司がいるのは分かる。瓦屋根に焼かれる八郎太の横で、エアコンの室外機が室内の熱気を排出している。エアコンという機械ほど、理不尽な差別マシーンは他にない。八郎太は確信した。

 水を飲みに下りることもなく、八郎太は熱い戦いを終えた。日も暮れはじめたころ誠司の家の人が帰ってきたので、とりあえず挨拶をしようと瓦屋根を去った。

 誠司の母は、小学校で誠司と同じクラスだった八郎太のことを覚えていた。PTAの旅行で八郎太の母と、旅館の部屋が一緒だったこともあったそうだ。八郎太の記憶から、誠司の母は当時とそれほど変わらない。八郎太は玄関先で自分の計画や、誠司に会うために来たことを話した。すると買い物袋を手にした誠司の母は、八郎太を家に招き入れてくれた。

 リビングに通された八郎太は、飲み物として出された麦茶を瞬時に飲み干し、おかわりをお願いした。さらに飲み干し三杯目を頼むと、麦茶容器ごと渡された。

 八郎太は昔のことをよく覚えていて、年配の人と話が合う。誠司の母とも当時の話で盛り上がり、互いの話で忘れていた記憶まで呼び覚まされ、また新たな話が続いた。仏壇屋の直也と八郎太で誠司を遊ぶ誘いに来たとき、誠司の母が玄関に出て断ったのは、誠司に頼まれた居留守だったことまで思い起こされ暴露された。好きな科学番組が始まるところだったそうだ。

 誠司の母は八郎太が中学校のときに行なった、埼玉の史跡四十箇所を自転車で巡った旅のことも知っていた。それは誠司が学校に来なくなってからのことだ。野宿しながらの自転車旅が地元で話題になり、新聞に載った。吉見百穴と鉢形城跡での写真とともに掲載されたのだった。

 八郎太がトイレを借りて出てくると、玄関のドアが開いた。誠司の父が帰宅したところだった。

「田沼さん、ご無沙汰してます。おれ、会津八郎太です」

 誠司の父は何度も頷きながら「そうかそうか」といった。八郎太の家で営む会津運送を、信用金庫に勤める誠司の父が担当していたことがあった。あの当時は小学生だった八郎太の成長を、誠司の父は喜んでくれた。

 誠司の父は冷蔵庫から缶ビールを取って、リビングのソファに腰を下ろした。穏やかな表情で昔話を語る誠司の父は、かつての印象と違う気がする。会津運送に来ていた頃の誠司の父は、いつでも顔に汗びっしょりかくオジさん、という印象だったからだ。

 八郎太が自転車で日本一周する計画を立てていた事を、誠司の父が思い出した。八郎太は思わず上体を起こし、誠司の母は興味あり気に身をのりだした。遺跡巡りで自信を持った八郎太は、高校の夏休みに自転車日本一周の旅を実行した。埼玉から太平洋沿岸ぞいに北上するルート計画だったが、悪天候続きで何日も距離を稼げずに、茨城の海を見ることなく、交番の電話を借りて家に電話をした。そして近くを通る会津運送のトラックに拾ってもらい、自転車とともに敗戦の途についたのだった。

「あれは俺の黒歴史なんで、なにとぞ内密に願います」

 八郎太が何度も頭を傾げるので、誠司の母も父と一緒に笑った。

 順序が逆になってしまったが、八郎太はきょう家に来た理由と自分の計画を誠司の父に話した。そして誠司が自分から部屋を出てくるまで、家に通い続けさせてもらう了解を得た。すると誠司の母が気づかって、外は熱いから家の中で待つよういってくれた。平日は両親とも不在になる家にと八郎太が躊躇していると、誠司の父は家の鍵を差しだし「ありがとう」といって頭を下げた。

 階段から二階を伺うと、しんとして気配も感じ取れない。それでも八郎太は、大きな声で呼びかけた。

「じゃあな、誠司。また明日来るわ」

 それから誠司の両親に、長居の礼をいった。

「また明日の朝来ます。お願いします」

 そういう八郎太を、誠司の父と母は並んで見送ってくれた。

 

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