
そして三日目、八郎太が昼食を食べ終わってテレビを観ていると、昨日と同じ時間に誠司が降りてきた。八郎太は誠司の前に座って、昔話やら他愛もない話をしている。そんな八郎太の話を聞いているのかいないのか、誠司は食べ終えると食器を洗い始めた。
「何だかんだいって変わってないな、誠司」
「僕は時間が止まっているから。でも八郎太も変わってない。ストレスかかったり緊張すると、関西弁もどきになるとことか」
誠司はくすりと笑った。そして、そのまま二階に上がっていった。八郎太は誠司を目で追い、見えなくなると何事もなかったかのようにマンガを手に取った。
午後の三時を過ぎたころ、水筒を忘れたといって誠司が降りてきた。誠司は一日一食、それに水筒の水だけで過ごす。八郎太からするとそれは、修行僧の生活様式のように映った。誠司の背中を見つめ、それから八郎太はスマホに目を落とす。水筒に水を入れながら、ぼそりと誠司がいった。
「部屋にくるかい」
思わず吃りながら八郎太は返事をした。手馴れた仕草で、静かに水筒を用意している。そして黙ったまま、八郎太は誠司の後をついて行った。
誠司がドアを開けると、続いて八郎太も中に入った。そこはがらんと飾り気なく、特徴といったものがない部屋だった。軽井沢の知らない小道を入って見つけた、安いペンションのようでもある。質素だが、数日泊まるのには問題ない。そんな印象だった。誠司はここで暑さを避け、寒さを何年も耐えてきたのだろう。
「ごめん、ドア閉めてくれる」
ああ、と八郎太は慌ててふり返り、ドアを閉めた。誠司は水筒を机に置いて、コンピュータの前に座った。ここからも外で遊ぶ子どもの声が聞こえてくる。
「いつもパソコンやってるの?」
「そうだよ、いつも」
「パソコンで何やってんだ?」
誠司はマウスを動かし、元動画とスゲカエ動画を交互に再生して説明をする。元の人の髪の毛や首と、スゲカエる顔との接地面の処理の仕方。スゲカエる顔の画像数十枚で、動画にする際の中間的な空白の表情を生成する技術的な方法など。八郎太にも理解しやすい言葉を選んで、誠司は説明してゆく。八郎太は口を挟むことなく、夢中になって聞いていた。
「これ、全部一人で作ったの?」
「そう」
八郎太は、意味もなくへらへらと笑っていた。
「だよな、うん。俺が目をつけただけあるよ。誠司はカネの匂いがするんだ。お前はカネになる。間違いない。ただ俺の予想の上いったってだけだ、問題ない」
「カネか」
「要するに価値があるってことだ。でもこれって、元動画の女の子の顔を俺の顔にもできるってこと?」
「そうだよ」
パソコンの横にある数種類の機械の中から小型カメラを取り、誠司は撮影内容を説明する。その指示通りに笑ったり驚いたり泣き顔をつくったりと、八郎太はカメラに向かって表情を変えてゆく。そして誠司がマウスでクリックすると、八郎太の顔データを元にしたスゲカエ動画が再生される。誕生日デコされた部屋を踊りながら、小柄な少女の体をした八郎太がチャーミングに微笑んだ。
「まぢか、すげーな。これ閲覧注意やな」
「これに普通のスマホつければ、リアルタイムで現実世界の映像を加工処理した3D映像を見ながら生活できるんだ」
誠司が手にしていたのは、黒い弁当箱のようなゴーグルだった。そのゴーグルを頭にセットした誠司は薄っすら紅潮して、やや上ずったテンションで語っている。
「そこは共感しづらいけどな。でも誠司って、何年も人と喋ってなかったんだよな。けっこう喋り自然で、上手いね」
「そうかな。情報は日本語で読むし、一人でも心の中でお喋りってするからかな。それに半年前くらいから、ネット経由のラジオとか音声メディアを聞くようになった。でも、もし本当に上手く喋れてるなら、それは相手が八郎太だからかも知れない」
八郎太は何かあてどなく、ただ誠司を見た。
「五年生の夏休み前に、僕がクラス中から責められた事あったろう。
女の子二人を泣かせたって。僕はあの時、誤解だって気持ちが強くて謝れなかった。でも八郎太は、最後まで僕の味方をしてくれた」
「あったな、そんなこと。直也もな、一緒に味方してたよ」
「うん。あの時のこと、昨夜思い出したんだ。あの事があったから、世界の全てを嫌いにならずに済んだんだって」
誠司の周りに張り巡らされていた盾が、静かに下ろされるのを八郎太は見ていた。
「直也を連れてきてもいいかな。最近、連絡を取ってるんだ」
誠司はあの頃のような、幼さの残る顔で頷いた。