
〈意味分かんない男三人〉
誠司は八年ぶりの直射日光を手で避け、目を細めた。部屋でいつも聞いていた以上の雑多な音まで混じって、一斉に押し寄せてくる。熱気と共に活気や倦怠、疲労や生き死にといったものが綯交ぜとなった、強い草いきれを含んだ風が誠司の鼻を突く。
八郎太と直也もそれぞれ、手には黒塗りのゴーグルを持っている。これに各自のスマホをセットして、インストールしてある試作「スゲカエ」アプリを町で試すのだ。ゴーグルをつけると3D映像の視界が狭いため、大通りの歩道にでてから試すことになっている。誠司が改良した市販のVRゴーグルが二つしかなかったので、もう一つは応急的にダンボールで作った。八郎太が持ってきたカップラーメンのダンボールを、スマホのサイズに合わせて箱型に切り、顔に当たる面は輪郭の半円にカットして、鼻が当たる部分はさらに切る。直也が百均で買ってきた拡大鏡を分解して、プラスチック製のレンズを二枚取り出す。それをダンボールの両目の位置に穴を開けて、レンズを取り付ける。スマホ画面とレンズをつけたダンボールの焦点距離を調整すれば完成だ。このダンボールゴーグルの両側面にゴムバンドをくっつけて頭にセットする。
ジャンケンで負けた八郎太が、ダンボールゴーグルを使うこととなった。一応マジックで黒く塗ったものの、小学生の工作感漂うのを否めないゴーグルを、何かと屁理屈をつけては二人に交換を迫る八郎太だったが、その度に撃沈された。
「では始めよう。アプリを起動して」
誠司が指示をした。スマホの画面には、背面カメラが捉えた前方画像を3D用に二分割した映像が並んで映し出される。それをゴーグルにセットして準備は完了だ。
片側二車線の旧十七号沿いは植樹帯によって区分けされ整備された広い歩道があり、三人はゴーグルを頭に括りつけて試験を開始する。歩道橋には「花咲徳栄高校、甲子園初優勝おめでとう」と横断幕がかかる。今回試すのはスマホのカメラが捉えた前方映像内で、ソフトウェアが人の顔と認識した全ての領域内を竹内こずえの顔画像にスゲカエる。映像内の顔全てがスゲカエ対象となるので、通行人が多いほど計算処理増大による負荷がチップにかかり、スゲカエ画像が滑らかに動かない可能性もあった。
「すげーな、まぢでこれ笑える」
買い物あとの主婦やビジネススーツの通行人まで、誰もが竹内こずえとなって歩いてくる。その九割方が、こちらを怪訝そうな表情で見ていった。
「よくスマホでここまで出来るね」
直也がいうと、誠司が答える。
「人の数が増えるほど、動画を荒くして高負荷を回避するようにはしてあるんだ。いまくらいの人の数ならナチュラルに動くね」
そこへ一人の女性が、進路を塞ぐように立ちはだかっている。三人が歩いてゆくと、女性が突然話しかけてきた。
「よろしかったら、どーぞ」
女性は白いエナメルコスチュームのミニスカートで、携帯会社のロゴが入っているキャンペンガールのようだった。ティッシュやお菓子と資料の入った手提げ袋を配っていて、並んでもう一人のキャンギャルもいた。長い足に整ったスタイル、営業用に作られた完璧なスマイルを見ていると、本物のアイドルとはこんな人なんだろうと思えた。誰もが視線をとめる非日常の笑顔。本物の竹内こずえが双子して、ここにいた。三人が口を半開きで見惚れていると、
「あのー、結構でしょうか?」
女性がこちらを覗き込んできたので、三人の弛んだ笑顔がこぼれる。危険物から避難するようにキャンギャルが行ってしまうと、満足いくまで鑑賞した三人はまた歩き始めた。
その直後、直也が人と当たった。
「ちょっと! 痛いんですけど」
当たった女の人が怒鳴った。直也はよろけながらゴーグルを取り、慌てて謝った。謝りながら声のトーンが落ちてゆき、
「あれ?」
直也はもう一度ゴーグルをつけて、そして外した。
「……竹内こずえだ」
この騒ぎにゴーグルを外した八郎太も、落としそうになりながらダンボールゴーグルをまたつけ、すぐに外して見てみる。
「こりゃ本物だわ」
ピンクのキティちゃんサンダルに弛んだジャージのハーフパンツ、よれたTシャツを着た竹内こずえが殺気立った目でこちらを睨んでいる。
「あーもー」
爆発しそうな何かを押し止めるように声を張り上げ、竹内こずえは歩いて行ってしまった。少し遅れて、誠司もゴーグルを外した。
「竹内こずえさんは、あんな汚い格好しないよ」
誠司が、歩き去る女の人を見ながらいった。その時、前触れもなく竹内こずえがふり返った。それは見事な、あっかんべーの顔をして。鼻に寄せて入った皺の数が、溢れんばかりの悪意を表現している。
「ほら違うだろ」
誠司は落ち着いた確信顔してそういった。
おわり