「帰れなサンタの夜明けまえ」
お兄ちゃんは分解が大好きだったんだよ。ラジオとか時計とか、何でも分解しちゃうの。それをまた組み立てると、動かなくなってしまう物もあったけど、時計なんか音をたてて動きだしたから、「お兄ちゃん、すごーい!」って、びっくりして拍手したんだ。
そしてお兄ちゃんは宝物だった空気銃を、真剣な顔して分解した。はずした部品を順番に並べて、ぜんぶバラバラにすると、それを組み立て直したの。でも動かなかった。引き金をひいても弾がでなくて。
「お兄ちゃん、これ」
私が見つけたのは、小さなバネ。
「そうか、これを入れ忘れてたんだ」
もう一度分解して、お兄ちゃんはバネを入れた。でも組み立てる順番が分からなくなってしまって、とうとう直らなかった。
それはとても不思議だった。見れば、もとどおりの立派な空気銃なのに、小さなバネが一つ無いだけで、動かないなんて。
でも、いまは分かる。
お兄ちゃんは小さなバネだった。それ一つで、私は動かなくなってしまったから。
お兄ちゃんは四年生の夏休み、山登りの会に参加したまま、帰らなかった。大人たちは、避けようのない事故だったって言った。
ママとパパは、何もなかったみたいにして泣かないから、私もいつからか泣かなくなった。そして私は、壊れた空気銃になった。
壊れてたから学校に行けなくて。それが十二月になって学校に通えるようになると、友達はみんな優しく迎えてくれた。
パパもママも、私の前ではいつもヘンな感じで、にこにこしてばかりいた。
クリスマスになると、テーブルには見たこともないほどの、ご馳走が並んだ。私のと同じように、お兄ちゃんの席にも並んでいる。
ママが笑顔で何かを言おうとしたけど、少しつまったあと突然、涙を流した。それを見た私は涙が止まらなくなってしまって、パパも下を向いたまま泣いていた。
三人でしばらく泣いたあと、パパが明るい声で言った。
「さあ、始めよう。ハッピーバースデー!」
ちょっとしてママが間違いに気づいて、私も一緒に笑った。部屋の飾りやツリーの明かりが、きらきらにじんで見えた。
その夜、なかなか眠れなかった。
強い風が裸の木の枝をゆらす音で、怖くなって布団に顔をかくした。そっと顔をだして窓を見ると、青白い月の明かりが寒そう。
その時、風とは違う音が聞こえてきた。一瞬まぶしくて目をつむると、部屋にサンタさんが現れた。ビクっと体が驚いてゆれ、布団も動いた。大きなトナカイに乗ったサンタさんは、よっこらしょと降りてくる。
「おや、こまったな。この子は、なんで寝ていないんだろう」
鈴がこぼれ落ちるような音といっしょに、サンタさんの声が聞こえてくる。
「ごめんなさい……、眠れなくて:」
おじいさんサンタは手のひらを持ち上げて、舌をならすと、そこにプレゼントが現れた。
「この家の男の子からのリクエストなんだが、ほかに子供はいないのかな?」
私は、お兄ちゃんの事故のことを話した。サンタさんはこまった顔で下を向いた。
「それは残念だった。うん、僕からお兄さんに渡しておこう」
「サンタさん、お兄ちゃんに会えるの?」
「ああ:、会えるさ」
またサンタさんが舌をならすと、もう一つのプレゼントがでてきた。
「これはお隣からのリクエストなんだが、誰もいないようだね。知っているかい?」
「隣のお姉ちゃんはきょう引っ越したけど、お家の場所は知ってるから、案内できます」
「ありがとう、それではお願いしよう。シゲちゃんは疲れたろうから待っていておくれ」
トナカイさんの名前は、シゲちゃんらしい。シゲちゃんは、こくりとうなずいた。
サンタさんが勢いよく唇をならすと、一瞬ひゅっと風がふいて、気がづくと二人で外に立っていた。
寒い夜の町に、月がひゅるりと浮んでる。でもサンタさんといると、怖くなかった。
団地の並ぶ道をまっすぐ行って、公園を曲がった先にある白いお家を、私は指さした。
サンタさんがプレゼントに息をふきかけると、白いお家に向かって、飛んで消えた。
「きみの欲しいプレゼントはなんだい?」
欲しいものがないことを伝えると、サンタさんは優しい目で私を見た。
「でもサンタさん、なんでも出せれば、あっという間に、お金持ちになっちゃうね」
「もしお金にかえたら、僕は人間の世界にしばられて、自分の世界にもどれなくなってしまう。僕は、人間の世界から自由なんだよ」
ぽかんと、私は聞いていた。
「いいかい。自由ってのは、こんな感じさ」
サンタさんはいたずらっぽく笑って、舌をならした。すると道の向こうから、一匹の猫が現れて歩いてきた。
もう一度舌をならすと、こんどは反対から犬が出てきた。またサンタさんが三回ならすと、鳥と馬とサルがやってきた。舌と指を何度もならすと、サイやリスやキリン、ゾウやペンギンが現れて向かってくる。
私がきょろきょろしていると、サンタさんが勢いよく唇をならした。すると公園の向こうから大波がやってきた。波のてっぺんには巨大なワニが波乗りしながら、しっぽをふっている。大きな波の音が迫ると、ワニが私をすくい上げて、背中に乗せた。私はワニにまたがると、風をきって波にのった。
「うわー、気持ちいー」
まわりを見ると、動物たちはみんな波にのって、はしゃいでいる。大きな波は光みたいなスピードで、世界をまわった。
ビルの街をこえて、ピラミッドやアフリカの草原を、無敵の速さでひとっ走りした。
「行くぞー!」
私のうしろにまたがったサンタさんが、手をつき上げた。
打ち上げられた最新のロケットと競争で、大波は宇宙に向かった。波に乗った生き物は全員で、大声を上げた。
「負けるなー、まけるなー!」
ロケットは物凄いスピードで先を行った。負けたくない! 行けー! 私たちの大波は、最後の力をふりしぼって追い上げた。
あの青白く光っていた月に、最初にたどり着いたのは、大波だった。勢いで、水がはじけ飛んだ。波に乗った生き物たちは、とび上がって喜んだ。
「やったー、勝ったーー!」
勝利の曲にあわせて、みんなパラシュートで地球に降りてゆく。動物たちやサンタさんと一緒に、私も美しい地球へ帰っていった。
部屋にもどると、シゲちゃんは寝ていた。サンタさんは、やさしく歌うように言った。
「そろそろ行こう。夜が明けてしまうよ」
シゲちゃんは気持ちよさそうに、ゆっくりと目を開けた。外を見ると黒い空に、少しだけ白色が混ざってきている。
「サンタさん:、お兄ちゃんに会ったら、伝えてほしいことがあるの」
サンタさんは私を見て、静かに言った。
「実は、きみにウソをついてしまった。本当は、お兄さんに会うことは出来ない。僕が会えるのは新しい命、これから生まれてくる命だけなんだ。よく考えたんだが、お兄さんのプレゼントは、きみにもらってもらいたい」
サンタさんはプレゼントを手渡してくれたけど、私は見なかった。きゅうに、怖くなってきた。
サンタさんはゆったりと、シゲちゃんの背に乗った。そして勢いよく、唇をならした。
「ありがとう、楽しかったよ!」
一瞬で消えてしまったあと、鈴がこぼれ落ちるような音だけが残った。
私は追いかけた。怖くてこわくて、必死に追いかけた。階段をかけ下りて、玄関に向かった。そして靴をはこうとした時、お兄ちゃんの声が、突然よみがえった。
「行ってくるよー」
山登りの会に行く日、お兄ちゃんは私にそう言った。でもあの時、私は怒っていて、お兄ちゃんの言葉に返事をしなかった。そしてあの姿を最後に、帰ってはこなかった。
しゃがみ込んでしまい、ひざを抱えた。力の抜けた私は、手に持っている箱に気づいた。お兄ちゃんのプレゼントだ。少し迷ったけど、でも開けてみようと思った。
きれいなリボンをほどいて、包みを開くと、中には見覚えのあるものが入っている。
それは、犬のぬいぐるみだった。
電池で動く、私の宝物だったぬいぐるみ。これと同じ物を、お兄ちゃんは分解した。私がみつけたときには、もうバラバラだった。そしてぬいぐるみは、とうとう直らなかった。私は怒って泣いた。そしてお兄ちゃんに、「いってらっしゃい」も言わなかったんだ。
山登りの会へ行くまえに、プレゼントをお願いするお兄ちゃんを心に描いて、私はぬいぐるみを抱いた。
立ち上がった私は、そとに出た。
空を見ると、山の向こうから、太陽の光が夜を消そうとしている。
サンタさんとシゲちゃんが帰る世界の、方角が分かる気がした。春になったらやってくる、新しい命のいる世界。
ありがとう、の気持ちがいっぱいになって、私は大きく手をふった。