ぎんぎらぎんのおっちゃん ②

 あぜ道を走った。私は箱を大切に抱いて、二人のあとを追う。まだ落ち込んだ様子のおっちゃんに、私たちは声をかけた。すると突然、おっちゃんが猛スピードで走りだした。

「あんな車より、速いでー!」

 手と足をタイヤみたいに回して走るおっちゃんを、私たちはけらけら笑って追いかける。

 それからいくらもしないうちに、おっちゃんが遅れはじめた。私はまだ走れそうなのに、おっちゃんが力尽きて、しゃがみ込んでしまった。ぜーぜーと息を切らしている。仕方なく立ち止まった。すると私たちの目の前に、来た道の空がずっと広がっていた。いわし雲が彼方まで伸びていて、まだ残る空の青さや、やさしい夕日のピンク色に染まっている。

「きれー。ふかふかのお布団みたい」

 私がいうと、お兄ちゃんも空を見上げた。

「違うよ、お好み焼きみたい。腹へったー」

「どーみても、ネオン街の明かりやろー」

 おっちゃんが夢見心地の顔でいった。

 

 私たちは進んだ。行く先は、すっかり薄暗くなっている。目の前の林を抜ければ、もうすぐだ。林の中に入ると薄暗かった光からも閉ざされて、ほとんど真っ暗になった。風が吹いて、大きな木々をゆらしている。この林全体が巨大な妖怪で、風が起こす音は空腹な息づかいのようで、ゆれる木の、その大きな手に捕まるんじゃないかと思っちゃう。

でも大丈夫。お兄ちゃんがついているし、おっちゃんもいる。そう思うだけで、勇気が湧いてきた。その時、私の服を誰かが引っぱった。木が音を立てると、私の服をつかんだまま、おっちゃんがしゃがみ込んだ。

「お、おっちゃん? 怖いの?」

「あほ抜かせ! こ、怖いわけないやろー」

 そのとき強い風が吹きつけて、木々をゆらした。「ひぃぃっ」。女の人みたいな高い声を上げて、おっちゃんは私の足にしがみついた。

怯えきったおっちゃんの両脇を、私たちは支えて歩いた。おっちゃんの体は震えている。「がんばれ!」。お兄ちゃんは声をかけてくれたけど、私ももう倒れそうだった。

 風が強まり、林全体が唸りを上げている。一瞬風がやむと音が途切れ、闇の底から轟くような吠え声が、辺りに響きわたった。

野良犬だ!

 草むらをがさつかせて、野良犬が姿を見せた。おっちゃんは尻餅をついたまま、痙攣したように後ずさりする。野良犬はのどを鳴らして、真っ直ぐに向かってくる。早足で近づき、恐怖で引きつった私に飛びかかってきた。

 お兄ちゃんが私を助けようと、飛び込んだ。ちょうど同時になって、お兄ちゃんの頭と野良犬の頭が激突した。転がったお兄ちゃんは、痛くて泣きだした。野良犬は狂ったみたいに吠えている。私もどうしようも出来なくて、泣きだしてしまった。

 目を血走らせた野良犬が唸り声を上げると、

私たちの後ろから、もっと激しい吠え声がした。おっちゃんが四つんばいのまま走ってきてた。目を吊り上げたおっちゃんは、野良犬に吠えまくった。野良犬も唸るように吠え返す。少しずつ、おっちゃんの気迫が野良犬を押していった。おっちゃんが覆いかぶさるように吠えると、野良犬は後ずさりした。そして逃げだした野良犬を、おっちゃんは本物の犬みたいに走って追いかけた。

 おっちゃんは生き返った獣みたいに走った。私たちも必死にあとを追う。やがて林が開けてきて、草むらを抜けた。勢いあまったおっちゃんが足をからませた。

「あいたたたっ」

 おっちゃんが転んで尻餅をつくと、その前におばあちゃんが立っていた。頭を撫ぜながらおっちゃんが目を開けると、目の前のおばあちゃんに気がついた。するとおっちゃんの顔がみるみる、しわくちゃになっていった。そして、まるで子供みたいに泣きだした。

「母ちゃーん! ごめんよー、許してやー」

 おばあちゃんは優しい手で、おっちゃんの頭を包みこんだ。そっとさする手の中で、おっちゃんはわんわん泣いていた。

 私は申し訳ない気持ちで、おばあちゃんに箱を差しだした。

「おばあちゃん、ごめんなさい。日が暮れるまでに持っていくようにいわれてたのに、もう真っ暗」

 すると箱の隙間から青白い光の線がさし込んで、まわりの闇をかけ抜けていった。そして箱は生きてるように動きだし、中からふたが弾けて開いた。その中から光輝く思い出の玉が、いくつも飛びだしてきた。

 ある玉はおっちゃんが小さいころの運動会の思い出。またある玉は家族で行った海の思い出。おっちゃんがいじめっ子に泣かされて帰ってきたときの思い出の玉。それは一瞬で、闇に吸い込まれていった。でもそれぞれが、はっきり見えた。私たちが最後に見たのは、大きな玉だった。その中では、若いおじいちゃんとおばあちゃん、それに小学生のお母さんが、林で迷子になったおっちゃんを探していた。そして日が暮れて、まだ小さなおっちゃんが大泣きで林からかけてきた。そのおっちゃんを、小学生のお母さんが抱きとめた。

「思い出が、みんな飛んでっちゃった」

 私は悲しくなった。

「思い出ってのはな、思い出そうとすればいつでも見つかるさ。大丈夫だよ」

 おばあちゃんは笑った。私とお兄ちゃんは、おばあちゃんの手の中にもぐり込んだ。

 林の向こうには田んぼがつづき、その先の家に、暖かい灯がともっている。家の前で、おじいちゃんが笑顔で手をふっていた。

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