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社会の有るがままを、
世界の有るがままを。

カエデの葉束

 

小さなころ、おじいちゃんとよく散歩した。バニュー墓地の並木が好きだった。

雨上がりの街は冷たい空気に入れかわり、白い手編み帽を引っぱって、わたしは耳を隠す。

そして先を歩くおじいちゃんを追い越すと、輝く水たまりを見つけてのぞき込んだ。

そこには深くて青い秋の空が映り、おじいちゃんの顔が浮かんで見えた。

思わず顔を上げて、わたしはおじいちゃんと笑った。

そのとき、横を女の子が通り過ぎた。

いつも見かける女の子だった。ひとつ年が上の、名前も知らない女の子。

くすんだ服は体の芯まで冷えそうで、友達はその貧しい女の子をからかって馬鹿にしていた。

きっと何かを盗みに来ているのだろう。わたしは思ったけど口にしなかった。

 

その日はパパとバニュー墓地に出かけた。

色づいたカエデや銀杏の葉がたくさん道に落ちていて、歩くたびに音を立てた。

パパが指差すほうを見ると、透きとおった空に飛行機が音もなく滑ってゆく。

子供みたいに喜んで見上げるパパのうしろを、誰かが横切った。

あの女の子だった。

わたしは歩いてゆく女の子の姿を目で追った。クラスの子たちのことを思い出しながら。

みんなは年上の彼女に遠慮ない声で、女の子自身やその家族を罵る言葉を浴びせたことを。

女の子のうしろ姿を見つめ、わたしは思い立ってあとをつけた。

並木を越えて墓地の奥へと曲がった女の子を、わたしは早歩きで追った。

そして女の子の曲がったところから見渡すと、ただただ墓石だけが広がっている。

彼女を見失ったわたしは、落ち葉を蹴りながらしばらくパパと歩いた。

どうしたの? というパパの言葉に答えを探していると、そこに現れた。

カエデの並木をゆく女の子に追いつくと、声をかけて呼び止める。

彼女の前に立ったわたしは、巻いていた白いマフラーを解いて差しだした。

やわらかく揺れるマフラーを、女の子は手で払った。

そして刺すような目でわたしを見たあと、女の子は行ってしまった。

 

「ちょうどいまと同じ、万霊節の頃だった」

私が小さかった頃の他愛もない話を、彼は穏やかに聞いていた。

「彼女の目が忘れられないの。私のことを見透かした目だった」

彼は鼻の先を少し赤くして、白い息を吐く。

「貧しい女の子が喜び感謝して、マフラーを貰うだろうって思ったのね。いま思えば馬鹿みたいだけど。パパがうしろから見ているのを意識してた。私は友達と違う、貧しい子にも見下さずに優しく出来る、そんないい子だってパパに見せたかっただけ」

二人でゆっくりと歩いた。

あの日のように、私たちが一歩足を踏みだすと落ち葉が音を立てる。

彼は柔らかな皮の手袋で、解けた私のマフラーを直しながらいった。

「子供って、そんなものだよ」

 

墓石周りの掃除を一通り終えた私たちは、用意してきた花を手向ける。

そして、おじいちゃんの墓前に向かい、祈りを捧げた。

ここに来ると時の流れが滑らかに過流して、かつての日々がすぐ近くに在るように感じられる。

いくつもの過去が並列する墓地を、いまは彼と歩く。

色づいた木々は、深く思慮を湛えた賛美歌のように、私たちを包み込んだ。

祝福や絶望、葛藤、裏切り、喜び、不安。

いろいろなものと直面してきた人生だけれど、いま私のなかにあるのは希望。

冷たく澄んだ空気のなか、はしゃいだ女の子の声が聞こえてきた。

見ると赤いコートの女の子が楽しそうに小走りし、お母さんらしい女性がそのあとを追っている。

黄金色の景色へ溶け込むような親子の姿に見惚れていると、女の子が笑いながら私の横をかけてゆく。

つづいて優しい声をかけながら通り過ぎる女性が、ふっと私を一瞥した。

穏やかに澄んだ、それでいて力強い瞳。

その瞳は一瞬にして、私の中にあった燃えかすのような記憶をかき立てた。

去りゆく女性のうしろ姿を振り返って見つめ、私は立ち尽くした。

この胸騒ぎは、同時に確信だった。

私は親子がやって来た方へと、向き直って歩きだした。

そして彼女たちが歩いて来た小道へと曲がるころには、小走りになっていた。

常緑の低い垣根に沿った道の先に、それはあった。

“Mort pour la France ” と刻まれた墓碑銘には、遺影の名にモーリス フェファーマンとある。

そのエピタフプレートに供えられた物を見つけた私は、釘付けになった。

しゃがみ込んで見入ってしまう、その可愛らしい葉束を。

「どうしたんだよ、急に」

彼は追いつき、少し息を切らせている。

「見て、カエデの葉でつくった葉束」

何枚ものカエデの葉を葉柄で束ねたものが、慎ましやかに二つ並んで置いてある。

「さっきいってた女の子の話し、私が小さかった頃の。差し出したマフラーを拒否された後ね、私は怒りに任せたまま女の子がやっただろう悪事を暴いてやろうと、彼女がやってきた道を走っていった。何かを盗んだはずだと思って。そして、ここで見つけたの。澄んだ日の光を受けて、輝くようなカエデの葉束が置いてあった。見た瞬間、あの女の子がつくったものだって分かったの」

彼は聞きながら、墓碑銘を見ていた。

「モーリス フェファーマン。ドイツ侵攻のときのレジスタンスで、反ユダヤ主義と戦って亡くなった。あの女の子もユダヤ系だった」

彼は話を租借するかのように頷き、そして思い至った。

「え、さっきの母親が」

私はゆっくり立ち上がって、彼女たちが行っただろう方角を見た。

あの優しくて、力強い瞳を思い浮かべた。

「私も、あんな風になりたいな」

そして微笑んでくれた彼を見ながら、お腹に宿る新しい命を、そっと擦ってみた。

 

 

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